クラシコイタリアは完成しない。― ナポリの伝統と、私たちが追求する美しさ ―

クラシコイタリアという言葉の始まり
「クラシコイタリア」という言葉は、もともと1986年にフィレンツェで設立されたクラシコイタリア協会に由来します。
イタリア紳士服の魅力を世界に発信し、その地位を確立することを目的として生まれたもので、当初は協会に加盟するブランドの商品を指す名称でした。
しかし、約40年の時を経て、現在ではイタリアの伝統的な高級紳士服を象徴する言葉として広く使われるようになりました。
以前、Kitonを訪問した際、協会に加盟していないブランドもクラシコイタリアという言葉を使っていることについて、どう考えているのか尋ねたことがあります。
すると、「別に良いんじゃないかな。私たちはクラシコイタリアという言葉で商売をしているわけではない。自分たちが考える最高の品質の服を作り、それが認められることが大切なんだ」という答えが返ってきました。
この言葉が、今でも印象に残っています。
彼らにとって大切なのは、クラシコイタリアという名称ではなく、自分たちが信じる服づくりを追求することなのです。

クラシコイタリアとナポリのサルトリア
ナポリのサルトリアを訪れると、彼らが「クラシコイタリア」という言葉をそれほど重要視していないことに気づきます。

クラシコイタリアという言葉は、ナポリの職人たちにとって、どちらかといえばイタリアの既製服を指す言葉という印象があるようです。
一方、ナポリのサルトリアには、それぞれの工房が長い年月をかけて築き上げてきた独自の技術やスタイルがあります。
肩の作り方、ラペルの形、ウエストの絞り方、生地の扱い方など、細部に至るまで、それぞれの工房が考える理想の美しさが表現されています。
そして、そのスタイルを何年も、時には何世代にもわたって守り続けてきました。
そこには、自分たちが長い時間をかけて完成させた服づくりに対する、強い誇りがあります。
ナポリのサルトリアが持つ魅力の一つは、まさにこの独自のスタイルを守り続ける姿勢にあると思います。
ナポリのサルトリアが持つ誇り
ナポリの職人たちと接していると、彼らの服づくりに対する誇りを感じることがあります。
例えば、ナポリのサルトリアに「あなたの作るスーツはクラシックで良いですね」と伝えても、必ずしも喜ばれるとは限りません。
私たちが考える「クラシック」という言葉には、伝統的で上質なものという肯定的な意味があります。
しかし、彼らにとっては、時として「昔ながらの服を作っている」「新しさがない」と言われているように聞こえてしまうこともあるのです。
彼らは単に古い服を作っているのではありません。
それぞれが考える理想を追求し、長い年月をかけて独自のスタイルを築き上げてきました。
そして、その完成に誇りを持ち、自分たちのスタイルを守り続けています。
だからこそ、彼らにとって最高の褒め言葉は「クラシックですね」ではなく、「最高に美しい服ですね」という言葉なのかもしれません。
私は、こうしたナポリの職人たちの姿勢に深い敬意を持っています。


ナポリのスーツを世界的に有名にし、数多くのスターサルトリアを生み出したナポリにあるルビナッチの店舗。
一つのスタイルを追求し、それを何十年にもわたって守り続けること。それは決して簡単なことではありません。
しかし、私たちMICHELE & SHINの服づくりは、そこから少し異なります。
美しさは、追求し続けるもの

私たちもまた、長い時間をかけて培ってきた独自のスタイルや美意識を持っています。
しかし、私たちは、一度完成させた美しさを、そのまま守り続けることが答えだとは考えていません。
今のデザインは、本当にこれが最良なのだろうか。
もっと美しいシルエットがあるのではないか。もっと心地よい着心地を実現できるのではないか。もっと自然で美しいバランスを生み出せるのではないか。
私たちは、常にそう問い続けています。
一着の服が完成しても、美しさへの探求まで終わるわけではありません。
もし、今あるものを完成形として受け入れ、その先を考えることをやめてしまえば、私たちの服づくりもそこで止まってしまうと思うのです。
私たちにとって、美しさとは固定されたものではなく、追求し続けるものです。
これまで築いてきたスタイルを大切にしながらも、それを絶えず見つめ直し、新しい発見や感性を取り入れ、さらに良いものへと更新していく。
テーラードは、過去に完成されたものを再現するだけの世界ではありません。
テーラードは、これからも進化し続けるべきものだと、私たちは考えています。

クラシコイタリアは、決まったデザインなのか
クラシコイタリアと聞くと、ある一定のスーツの形を思い浮かべる方も多いと思います。

例えば、高いゴージラインのラペル、シェイプされたウエスト、バルカポケット、シングル3つボタンの段返り、そしてナポリのスーツを象徴するマニカカミーチャ(ナポリではマニカマッピーナ)と呼ばれる肩付け。

これらは、イタリアのクラシックな紳士服を代表するディテールとして知られています。
もちろん、どれも長い歴史の中で培われてきた、美しいデザインです。
しかし、こうしたディテールを取り入れていればクラシコイタリアなのかと聞かれれば、私たちはそうは考えていません。
大切なのは、そのデザインがなぜ生まれ、どのような歴史や文化、地域性の中で育まれてきたのかを理解することです。
私たちは、クラシックを特定のデザインや完成された様式としてではなく、長い歴史の中で培われてきた服づくりの文化や思想として捉えています。
MICHELE & SHINの服づくり

私たちMICHELE & SHINも、ナポリの伝統的な服づくりから多くのことを学んできました。
職人たちが受け継いできた技術、ナポリ特有の柔らかな仕立て、そして服に対する独自の美意識。それらは、私たちの服づくりにとって欠かせないものです。
しかし、私たちが目指しているのは、ナポリの伝統的なスーツをそのまま再現することではありません。
私たちが大切にしているのは、今ある美しさに満足せず、常にその先を追求し続けることです。
もっと美しいシルエットを作れないだろうか。もっと心地よい着心地を実現できないだろうか。もっと洗練されたデザインや、より自然なバランスを生み出せないだろうか。
私たちは、一着の服を完成させるたびに、そうした問いを繰り返しています。
今、自分たちが最良だと考えるものを作り上げたとしても、それが永遠の完成形だとは考えていません。新しい技術や感性、これまでにない発想を取り入れることで、服づくりにはまだ多くの可能性があると信じているからです。
探求をやめた瞬間に、私たちの服づくりも止まってしまう。だからこそ、常にその先にある美しさを求め続けたいのです。
例えば、今回ご紹介するダブルブレスト4つボタンのジャケット。

ナポリの伝統的な仕立てを基礎としながらも、曲線を描くポケットのデザイン、ダブルステッチとミラネーゼのフラワーホール、そしてMICHELE & SHIN独自の解釈を加えたマニカマッピーナの肩付けなど、細部に私たちなりの表現を取り入れています。

これらは、単に他とは違うデザインを作るためのものではありません。
伝統的な技術や文化を理解し、そこに私たち自身の美意識を重ねることで生まれたものです。


そして、このジャケットも、今の私たちが考える一つの答えであって、探求の終着点ではありません。
これからも、さらに美しいシルエット、さらに心地よい着心地、さらに洗練されたバランスを追求し続けていきたいと考えています。
私たちが考えるクラシックとは
私たちにとってクラシックとは、完成された様式を守ることではなく、歴史や伝統への敬意を持ちながら、新しい美しさを追求し続ける姿勢そのものです。
長い年月をかけて培われてきた文化や地域性、職人たちの技術や精神を深く理解し、そこに私たち自身の美意識や新しい解釈を重ねていく。
伝統を尊重するからこそ、その形をただ繰り返すのではなく、さらに先にある美しさを探求したい。
今ではクラシックと呼ばれるデザインも、かつては誰かが新しく生み出したものだったはずです。
私たちもまた、その歴史の先に新しい価値を生み出していきたいと考えています。
伝統を受け継ぎながらも、そこにとどまらない。美しさを問い続け、服づくりを進化させ続ける。
それが、MICHELE & SHINの考えるクラシックであり、私たちの服づくりの哲学です。